読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

さまよったって

 

 

I came home!

 

 

 

 

Come back!

 

 

 

 

家に帰ってきました。

 

 

 

 

久々に自宅にいる気がする。

 

 

 

あの場所が心地よかった。脳みそとろとろになっていたけれど、誰かがいる環境が嬉しかったし退屈しなかった。その反面、自宅に帰らない罪悪感が少し、あった。

元々、20年間実家暮らしだったから、家に帰らないのがあまり慣れていなかった部分もあるのだろう。でもそれ以上に、このままでいいのかな、とかいずれ迷惑になるんじゃないか、とか思っていた部分もあった。

 

 

 

本当は帰らないでもう少し居たかったけど、近くにいすぎるのもよくないのかな、とか思ったりして、後、部屋の片づけや宅配の受け取りの段取りとか、まあいろいろほったらかしにしていたことがあったから、グッバイしちゃったけど。

 

 

 

でも一番は、家空けすぎるとゴキブリがw代わりに住むんじゃないかとw気が気でwwwwww部屋汚いしw

 

 

 

 

 

 

 

 

最近、考えることがある。一本道に横から入って、勝手に道を分岐させ、右の道は(元の一本道の続きで)、先に道凍結注意や岩落下注意、崖注意の立て札を立てて、左の道は、春のように花や草木が生えているように見せ、水たまり有の注意書きしかしていない、そんな道をつくってしまった気がしている。

 

 

 

 

 

 

もしかしたら右の道に行っても、岩が落下してくることはなく、崖注意と書いてあるけれど、ちゃんとガードレールで落下防止しているかもしれない。大したほど凍っていなく、歩いているうちに溶けていく、そんなものかもしれない。

 

 

 

 

 

もし、歩き疲れた人がその分岐点に立ったらどう思うのだろう。やっぱり歩きやすく心地がよさそうな左の道を行くかもしれない。

 

 

 

 

 

でも左の道は、もしかしたら思ったより歩きにくい道かもしれない。あっちの道の方がよかったのかもしれないと、後悔するかもしれない。

 

 

 

進んだ先が、本当に想像していたようなお花畑で進んでよかったと、逆に左の道は想像していたのと違いがっかりするかもしれない。でも、これは進んでみないとわからないものか。

 

 

 

 

 

 

選択肢を作ってしまうのはよくないのかもしれない。誰が作ったのかわからない。道に入り込んだ人?歩き疲れた本人が無意識に作り上げた?

 

本当は知っている。それは利己的で醜くあさはかなアホ。本当はそんな道ない方がよかったのかもしれない。

 

 

 

 

ブログも前のようにおちゃらけたふざけたようなものばっかり書いていればよかったのかもしれない。

 

 

 

 

弱かった。

 

 

 

いつまでも弱いままでいることはできない、なんて言葉が染みた時もあった。すべてにおいて強くなれることはまだできそうにない。できるのかもわからない。

影響されやすいのだろうか。誰かに影響されるのはよくないことなのだろうか。

 

 

 

 

なにか確かな信念を持っていればよかったのかもしれない。

 

 

 

 

 

自分はどうすればいいのだろう。正直に生きたほうがいいのかな。

 

 

 

 

 

 

左の人差し指が少しまだ痛い。

 

 

 

 

痛いのとんでけー☆